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よむとす No.356 未知のフィールドと、今ここで見えるものと

[2025年12月1日]

ID:1213

未知のフィールドと、今ここで見えるものと

中央図書館 牧野 迪彦

今回は、フィールドワークの面白さを教えてくれる本を2冊ご紹介します。普段触れることのない未知の世界の体験と、フィールドを訪れた人の発見や考えを通して新しい視点が得られる体験という2つの得難い体験もたらしてくれたこれらの本に、私は心を掴まれました。

『鳥類学者の半分は、鳥類学ではできてない』

この本は鳥類学者である著者による、研究者の日常を描いたエッセイです。離島での調査の様子のほか、学会運営の裏話や、ラジオ番組に出演した際のお話も書かれています。
「研究は得意ではないが、発見したことを物語に仕立てて書くことが得意で、話すのが好き」と著者が自称するように、この本では研究の中で著者が見たものや考えたことを気取らず、失敗やトラブルや寄り道も含めて、舞台裏を覗かせてくれるように見せてくれます。時には鳥に噛まれ、6日に1便しかない船に乗り遅れ、機材が噴火に飲み込まれ灰燼に帰し……といったことまで笑いに変えつつ、研究の様子やその中での発見が楽しく書かれています。ポップな語り口でさらさらと読めてしまう文章ですが、ちょっとした発見や疑問を、鋭い考察や発想から理論に落とし込む場面も端々にあり、研究者ならではの視座や思考を見せてくれるのも本書の魅力です。
研究というものは縁遠い存在に感じてしまいがちですが、著者が「身近なものだと感じてもらえれば嬉しい」と語るように、著者の親しみやすい言葉でフィールドワークの体験をなぞることのできるこの本は、研究というものが閉ざされた遠い世界の存在ではなく、私達のいる場所と地続きのどこかで行われているのだと感じさせてくれる一冊です。


『自分のあたりまえを切り崩す文化人類学入門』

「水着姿で電車に乗る」「友人からの贈り物に対してお金を払う」といったふるまいを見たら「変だ」と感じる方も多いと思いますが、ではなぜ変なのか、と問われるとうまく説明するのは難しいかもしれません。文化人類学とは、そのようにある地域の中で無意識に共有されている暗黙のルール、すなわち「文化」にどれだけさまざまなものがあり、どんなところが共通しているのか、といったことを探究する学問なのだそうです。意識していない文化は、その中で暮らしている当事者にはよく見えません。そのため、その暮らしに馴染みのない研究者がその場所で実際に生活することで、そこにどんな文化が根付いているのかを見つける、というフィールドワークを通してこの学問は研究されています。
本書の魅力は、さまざまな異文化を紹介しながら、その文化と我々の文化とで共通する部分、違う部分を考え、そこから自分達の考え方を見直す、という構成になっているところです。例えば、大事な時に限って風邪をひいてしまった、ということが起こった時、「運が悪かった」と思う人もいれば、「努力を怠った」と考える人もいるかもしれません。一方でそんな時に「妖術をかけられたせいだ」と考える文化もあるそうです。荒唐無稽な話に聞こえるかもしれませんが、その理由を探っていくと「なるほど」と思える意味が見えてきます。そして、こうした他の文化を見てから改めて私達の文化を振り返ると、あたりまえのように思っている「運がなかった」「自己責任」という考え方が実はあたりまえではないのかもしれない、という新たな見方ができるようになります。
意識すらしてこなかったことが別の視点から見えるようになる、「あたりまえを切り崩す」感覚を、本書を通してぜひ感じてみてください。

よむとす

「よむとす」とは“読む“と“~せむとす”(ムトス)を合わせた造語です。

飯田市におけるムトスの精神を生かし、読むことにかかわる活動の推進と支援を目的とした読書活動推進の合言葉です。