上郷図書館 平沢 百花
ひとり気ままに歩くのが好きです。どこに行くかも決めず、ふらっと歩いて知らない道を選んでみる。……と聞くと「旅慣れしている人」のように聞こえますが、実際はただの方向音痴です。地図を見てもなぜか逆方向に進んでしまい、スマホのナビも「ここで曲がる」と言われたらなぜか逆に曲がってしまう。結果、よく道に迷います。けれど、その迷い道の先で偶然見つけたカフェや、思いがけず目に入った景色に救われることもしばしば。「迷うのも悪くないな」と思う瞬間が確かにあるのです。今回は、そんな「道に迷う」ことをテーマに2冊をご紹介します。
旅のエッセイといえばこの人、と多くの人が思い浮かべるであろう沢木耕太郎さん。『深夜特急』(別ウインドウで開く)のような大きな冒険の旅を描いた作品も有名ですが、この本に収められているのはもっと小さく、短い旅の記録です。国内の身近な場所を訪れるだけなのに、どこか遠くへ連れて行かれるような、不思議な余韻が残ります。
特に印象的なのは、「なぜこの道を選んだのか」「もし別の道を歩いていたらどんな景色に出会っていただろう」という思索がさりげなく綴られているところです。ほんの少しの選択で、その後の旅の風景は大きく変わる。旅先の分かれ道は、私たちの人生の分岐点と重なって見えてきます。
沢木さんの文章は、決して声高ではありません。けれど、燕が空をすり抜けるように軽やかで、時にしなやかに、日常の中の旅を描いていきます。大きな冒険をしなくても、日常の「寄り道」や「迷い道」のなかにこそ豊かさがある。そう気づかされる一冊です。
タイトルからしてユーモアたっぷりのこちらの本は、方向音痴に悩む著者が自らの体験を面白おかしく綴ったエッセイです。地図を見ても進む方向を間違える。毎回同じ場所で迷う。方向音痴でない人にとっては笑い話、でも当事者にとっては切実な失敗の連続。
そんな姿に「あるある!」と共感してしまう方も多いのではないでしょうか。
もちろん私もその一人です。
けれど、この本は単なる失敗談集にはとどまりません。読み進めるうちに「方向音痴を直そうとしなくてもいいのかもしれない」と思えてくるのです。むしろ、迷ったからこそ面白いことに出会える。予定外の道で思いがけず出会った景色や人とのやりとりの方が、きちんと計画した旅よりも心に残ることがある。
著者の語り口はユーモラスで、肩の力が抜けているので、読みながらクスッと笑いつつも「そうだよね」とうなずけるところがたくさんあります。方向音痴は克服すべき「欠点」ではなく、旅をもっと自由に、豊かにするための「個性」なのかもしれません。そんな視点にハッとさせられる一冊です。
どちらの本も、「道を選ぶこと」「迷うこと」そのものを肯定的に捉えています。旅先だけでなく、日々の生活のなかでふと立ち止まり、思いがけず寄り道してしまったりする瞬間にこそ、新しい発見や出会いがあるのかもしれません。ひとり旅が好きな人はもちろん、普段は旅をしない人にとっても、自分の毎日を少し違う角度から見つめ直すきっかけをくれるはずです。
迷うのも、旅や人生を面白くするスパイスなのかもしれません。本を通じて、自分だけの「迷い道」を想像してみませんか。
「よむとす」とは“読む“と“~せむとす”(ムトス)を合わせた造語です。
飯田市におけるムトスの精神を生かし、読むことにかかわる活動の推進と支援を目的とした読書活動推進の合言葉です。