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よむとす No.322 香りの声を聴く

[2024年7月1日]

ID:1118

香りの声を聴く

中央図書館 田中 瑞絵

みなさんは、どんな時に季節を感じますか?私の場合は「香り」です。何の香りかはっきりとわからなくても、風の中にこの香りを感じると「春になったなぁ~」とか「夏が来たなぁ~」と思う香りがあります。考えてみると、「香り」は四六時中私たちの周りに漂っていて、いろんな事を教えてくれます。季節ごと咲く花の香りや、洗剤などの日用品の香り、隣の家の晩ごはんの香り、などなど…。時には危険を知らせてくれたり、癒しや楽しみを与えてくれる事もあります。
茶道や華道と同じ日本独特の芸道の一つで、香の匂いを鑑賞する「香道」の世界では、「香りを嗅ぐ」のではなく「香りを聞く」といいます。心を傾けて、心の中で香りを味わうという意味があるそうです。身近にありながら、とても奥深い香りの世界。本の中でも楽しんでみませんか。

『香りのチカラ』

『香りのチカラ』(別ウインドウで開く)
平野 奈緒美/著 笠間書院 2023年12月

普段はあまり意識していなくても、香りは私たちの生活に多くの影響を与えています。ふとした時に香る香りで記憶がよみがえったり、アロマセラピーなど心身の健康のために使われたり、また近年では、香りによって体調不良を起こす「香害」という言葉も聞かれるようになりました。
この本の著者は現役の調香師です。調香師とは数多くの香料素材の中からイメージにふさわしいものを選択し、香りを創り上げていく香りの専門家です。香水や化粧品ばかりでなく、食品や日用品まで身の回りのあらゆる製品に香りは存在していて、さまざまな香りを創り出す調香師は、多くの知識や能力を必要とします。そんな調香師が綴ったこの本には、香りや匂いの魅力、人間の嗅覚の不思議や、香りの原料となる植物等について、また、香りの歴史や調香師の仕事についてなどが詳しく書かれていて、「香り」というものをさまざまな角度から深くわかりやすく知ることのできる一冊です。

『透明な夜の香り』

『透明な夜の香り』(別ウインドウで開く)
千早 茜/著 集英社 2020年4月

ある日突然、職場に行くことができなくなってしまった一香は、古い洋館での家事手伝いという新しいアルバイトを始めます。そこでは調香師の小川朔が、客の望む「香り」を作る秘密のサロンを営んでいました。人並み外れた嗅覚をもつ朔は、まだ発見されていない物質まで嗅ぎ分けて再現することのできる天才調香師。彼の前では、誰もが丸裸で、どこをどう通ってここへ来たか、どんな生活を送っているのかという事はもちろん、体調や感情までもすべて嗅ぎ取られてしまうのです。そんな朔が最も嫌うのは、嘘の香り。嘘はひどく匂うのだといいます。
天才調香師の朔の元には、唯一無二の香りを求めてさまざまな人がやってきます。皆、嘘や秘密の香りをまとって…。一香にもまた、誰にも話した事のない秘密があるのですが、物語が進むにつれ、一香と朔の過去も明らかになっていき、二人にも変化が訪れます。
洋館の庭につくられた菜園で採れるハーブや果物などから作られるフレグランスや、料理の描写からは、文字を通して香りが漂ってくるように感じられます。

『香君』

『香君』(別ウインドウで開く)
上橋 菜穂子/著 文藝春秋 2022年3月

多くの国を従え繁栄を誇るウマ―ル帝国。かつては貧しい土地でしたが、ある時、「香君」とよばれる女性によって奇跡の稲「オアレ稲」がもたらされます。ウマール帝国はこのオアレ稲と、香りで万象を知る事ができるといわれる香君の存在によって発展を遂げてきましたが、虫がつかないとされてきたオアレ稲に虫害が発生したことで、凄まじい食糧危機に見舞われ、オアレ稲や香君の存在が大きく揺らぎ始めます。
時を同じくして、ウマール帝国へやってきた少女アイシャ。彼女は植物などが発する香りを声として聞くことのできる特殊な能力を持っていました。アイシャは香りの声を聞くことで、オアレ稲や香君に秘められた謎と向き合っていくことになります。
著者によれば、実際に、植物や虫たちは香りによるコミュニケーションをとっていて、香りの声を使って互いの命を支え合っているのだそうです。著者である上橋菜穂子さんは、児童文学のノーベル賞と言われる国際アンデルセン賞を受賞しているほか、日本文化人類学会賞も受賞しており、物語の根底に文化人類学者としてのまなざしを感じる作品です。

よむとす

「よむとす」とは“読む“と“~せむとす”(ムトス)を合わせた造語です。

飯田市におけるムトスの精神を生かし、読むことにかかわる活動の推進と支援を目的とした読書活動推進の合言葉です。