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よむとす No.304 台所

[2023年10月1日]

ID:1017

台所

中央図書館 寺沢 しのぶ

私が最近気になるもの(場所)が、他人の「台所」です。なぜそんなに気になるのか考えてみると、そこにある道具やこだわりの調味料などの佇まいから住人の人柄までもがなんとなく感じられるからだと思います。でも、他人の「台所」はそう簡単に見ることはできません。私自身、「台所」を他人に見られるのには抵抗があります。できれば、隠しておきたいとも思います。そんな他人の「台所」を満喫(?)できる本を紹介したいと思います。

『東京の台所』『それでも食べて生きてゆく 東京の台所』

『東京の台所』(別ウインドウで開く)
大平 一枝/文・写真 平凡社 2015年3月

『それでも食べて生きてゆく 東京の台所』(別ウインドウで開く)

大平 一枝/著 毎日新聞出版 2022年11月

最初に手に取ったのは、『東京の台所』でした。表紙の「台所」の写真に心惹かれたからでした。東京の片隅にある一般の家庭の台所を取材したものが多数掲載されていて、「台所」好きにはたまらない内容でした。
『それでも食べて生きてゆく 東京の台所』はそれから十年近い歳月を経て出版されました。「台所」を使う人たちの日々の生活や想いを、著者が優しくあたたかな言葉で綴っています。印象に残った「台所」をいくつかご紹介したいと思います。
「ピンクのワンルームで母は」というタイトルの「台所」は、まさにサーモンピンク一色。49歳と57歳の娘が83歳の母のために用意したひとり暮らしのマンションは、台所だけではなくすべてがピンクなのです。さすがに83歳のお母さんもはじめて見たときは「こんな派手なところに住むの?」と声を漏らしたくらいです。「でもね、暮らしていくうちにすぐに慣れて、(中略)たしかにこれ見ると元気が出るんですよね。」とも語る。はじめて使ったIH調理器も「やってみたらこんなに便利で安心なものないわ。」と持ち前の前向きさで使いこなしています。あえてピンクを選んだ、娘さんたちのお母さんを想う気持ちが溢れていることに気づかされました。思わずピンクの「台所」に立つ元気なおばあちゃんを想像しほっこりしてしまいました。
 そしてもうひとつ、私が手に取るきっかけになったあの表紙の「台所」が再び訪問されています。住人は著者の友人でもあり記念すべき取材第1号でもあります。「続・深夜の指定席」と題されたこの「台所」は、換気扇に掛けられた使い込まれたフライパン、竹製のカゴ、どんなに疲れて帰ってきても台所に立ち、コトコト煮込みながら家族と会話するときに座る木製の四角い椅子(指定席)。はじめの取材から、10年ほぼ変わずにそこにあります。ただ、大きく変わったことがあります。住人は26日前に夫をなくしたばかり、取材どころではない状況で、友人である著者に「でもね、こんなに悲しくても料理だけはやると落ち着くんだよね。作ったら食べなきゃだし、ちゃんとお腹がすく。だから最近また、四角い木の椅子よく使ってるよ。こうやって少しずつ落ち着いて、そのうち彼の荷物も片付けられるようになるんだろうなってわかってる。でも今は、この悲しみの中にいたいんだよね」と語る。この言葉が先日友人を亡くした私の心にしみました。
「台所」の数だけ人生があり物語がある。楽しい時も悲しい時も人は「台所」に立ち料理を作りそして食べる。そんな当たり前の毎日をとてもいとおしく思えるそんな本です。ぜひお手に取ってみてください。


よむとす

「よむとす」とは“読む“と“~せむとす”(ムトス)を合わせた造語です。

飯田市におけるムトスの精神を生かし、読むことにかかわる活動の推進と支援を目的とした読書活動推進の合言葉です。