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よむとす No.301 繕う

[2023年8月1日]

ID:998

繕う

中央図書館 田中 瑞絵

「繕う」という言葉には、破れたり壊れたりしたところを直すという意味があります。「直す」という言葉で表現するよりも、人の手の温もりを感じるような気がします。今回はそんな「繕う」をテーマに本を紹介したいと思います。

『書籍修繕という仕事』

『書籍修繕という仕事』(別ウインドウで開く)
ジェヨン/著 牧野 美加/訳 原書房 2022年12月
この本は、傷んだ本を直す書籍修繕家のジェヨンさんが、仕事をする中で感じた事や、印象に残ったエピソードなどを綴ったエッセイ集です。
書籍の修繕とはどのような仕事でしょうか。「修繕」とは辞書的な意味でいうと、古くなったり壊れた物を直す事です。似た言葉で「復元」という言葉がありますが、こちらは元通りに直す事になります。図書館の仕事の中にも傷んだ本を直す仕事がありますが、私達が普段行っているものは、この「復元」に近いものだと思います。一方で、ジェヨンさんが行う「修繕」は落書きや汚れをそのまま残したり、欠けた部分を補ったり、新たな表紙をつけたりします。この本の中にはジェヨンさんが修繕した本の写真が載っていますが、その美しく誠実な仕事は感動的です。図書館の本とは違い、ジェヨンさんの所へ持ち込まれる本は、どれもその本の持ち主にとって特別な一冊です。出版される時、何千、何万と同じ形で作られた本でも、持ち主の元で時を過ごすうちに世界にただ一冊の本になります。
ジェヨンさんは本の傷みや汚れを「愛」だと言います。幾度となくページをめくり、側に置いていたからこその傷みは、本に対する「愛」なのだそうです。修繕することで、傷や汚れに刻まれた記憶を美しくよみがえらせ、本と持ち主との愛をさらに深いものにしていきます。
本を愛すること、そこに刻まれた物語や思い出を愛することの喜びを想わせてくれる一冊です。

『ぼくたちはまだ出逢っていない』

イギリス人の父親と日本人の母親を持つ中学3年生の陸は、同じ部活の仲間から暴力を受けるいじめに悩んでいます。将来の自分の姿も見えず、こんな自分は一体何者なのか、自分の輪郭があいまいになるような感覚におびえる日々を送っています。
母親の再婚を機に岡山から京都へ引っ越してきた中学2年生の美雨は、新しい家庭になじめず、学校にも家にも居場所がないと感じ、町をさまよい歩く日々。ある日、美雨は金継ぎを施された茶碗「月光」に出会います。金継ぎとは、割れや欠けなどの破損部分を漆によって接着し、金などの金属粉で装飾して仕上げる修復技法です。金繕いとも言われ、傷跡を隠すのではなく個性として受け入れ修復する事によって、壊れる以前のものより価値が高まるものもあります。美雨は、壊れたものに再び命を吹き込む金継ぎの美しさに強くひかれ、毎日のように「月光」の元に通ううち、自分の居場所だと思える場所を見つけていきます。
一方、陸も父親と出かけた山の中で偶然、樹液を採取されている漆の木に出会います。傷だらけになりながらもすっくと立つ漆の姿に興味をひかれ、陸もまた、漆と関わる人々と出会い、そこで知り合った漆芸修復師の言葉や生き方から、傷を負ったからこそ生まれる美がある事に強く心を動かされます。
陸と美雨、漆がつなぐ不思議な縁によって、二人の世界は大きく動き出し、家族や友達との関係にも変化が現れます。「漆は物だけでなく、人をも繋ぐ。」「傷は個性となり深みとなって美を作り出す。」作中の言葉が胸に落ちます。

よむとす

「よむとす」とは“読む“と“~せむとす”(ムトス)を合わせた造語です。

飯田市におけるムトスの精神を生かし、読むことにかかわる活動の推進と支援を目的とした読書活動推進の合言葉です。