中央図書館 樋本 有希
私には大事な風景があります。幼い時、毎日保育園に通った段丘林の中の細い道です。明るい雑木林、暗い植林の林、ゴウゴウ流れる水路。毎日が冒険でした。とても大切な思い出ですが、今年その林はなくなってしまいました。“記憶”について考えながら2冊ご紹介します。
『下伊那写真帖』は飯田下伊那に関する本の中でもよく知られた1冊です。明治末ごろに藤堂忠治によって撮影された下伊那の各名所の写真をまとめたものです。公に知られた写真記録の中では一番といってもよいほど古い資料群で、何度か復刊をされてもいます。
実はこの本に、私の思い出の段丘林の写真が載っています。図書館に勤めてからこの写真帖でその写真を見たときは驚きました。明治末ごろ、なんとその林は…なかったのです。私が知っていた姿はむしろ戦後の“新しい姿”であったのです。
写真の中の姿、私の記憶の中の姿、今、目に見える姿。すべてが違った姿です。他の場所はどうなのでしょう?古い写真が写真集として残っていてくれたおかげで、「ここは今どうなっている?」と資料が語り掛けてくれるような気がします。この本を持って下伊那中をドライブ!というのが今の目標です。
韓国で出版され、イギリスBBCで取り上げられたことから世界的に話題になった画集です。“クモンカゲ”というのはいわゆる、よろずやさん。昔商店街に一軒はあったであろう、食料品や生活用品を売る小さなお店の事。韓国でもどんどん少なくなっています。そんな“クモンカゲ”を細密な絵で描いた画集がこの本です。
都市部だとレンガ造りの小さなビルの一階、古びたレンガの色が印象的です。地方に行くと小さな平屋。小さいながら物がぎっしりとそろえられていてなんだか頼もしい気もします。そしてクモンカゲに添えて描かれた季節の花木の美しいこと!桜、紅葉。モクレンってこんなきれいな花だったかしら、と思うほどです。絵の合間に挟まれた著者のエッセイも素朴でやさしさがあります。この本のおかげで、もし未来、クモンカゲが一軒もなくなったとしても、その姿や温かみはこの本によって伝えられるのだと思います。ぜひ手に取ってのんびりご覧ください。
「よむとす」とは“読む“と“~せむとす”(ムトス)を合わせた造語です。
飯田市におけるムトスの精神を生かし、読むことにかかわる活動の推進と支援を目的とした読書活動推進の合言葉です。