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よむとす No.187 文学に光を

[2018年11月1日]

ID:609

文学に光を

上郷図書館 今村 洋子 

 

迅速な情報処理を求められる今のデジタル時代は、わかりやすい短い文章が必要とされます。一方、深い意味を持ち抽象表現たっぷりの文学作品は、読解に時間と労力がかかり効率が悪く、その意味でまさにアナログ的なもので敬遠されがちです。

では、文学は無駄な存在でしょうか。いえいえ、生身の人間の複雑な感情の受け皿は、まさに文学にあるのではないでしょうか。個人レベルでも、社会レベルでも。

今回、文学に関連した本をご紹介します。


『日本の美徳』

『日本の美徳』(別ウインドウで開く)

瀬戸寂聴 トナルド・キーン/著  中央公論新社  2018年7月

作家・瀬戸内寂聴さんと日本文学研究者・ドナルド・キーンさんの対談集です。二人とも御年なんと96才。

同い年の二人には共通点がいろいろあります。まず、好きな日本文学の作品が『源氏物語』だということ、そして二人の共通の知人は作家・三島由紀夫です。

この本を読むと、寂聴さんのペンネームの名付け親が三島由紀夫だったということなど、お二人と三島由紀夫にまつわるエピソードを知ることができます。また、川端康成がノーベル文学賞を受賞した時、なぜ三島由紀夫が候補に挙がりつつも選ばれなかったのか、それが後に彼にどう影響したかわかります。

さらに長生きの秘訣もわかってしまう一冊です。


『芥川賞物語』

『芥川賞物語』(別ウインドウで開く)

川口則弘/著 文藝春秋 2017年1月

「芥川賞に選ばれた作品はつまらないものが多い」という悲しい声をよく耳にします。

しかしこの本を読み、創設者・菊池寛の思いに触れ、その歴史を紐解くと、自ずと敬意が湧いてきます。

「文学を職業として確立させること」に積極的な立場をとっていた菊池寛は、「文士およびその家族の生活安定」を支えたいという思いで、芥川龍之介が亡くなったのを契機にこの賞を創設しました。

この本には、あの太宰治が芥川賞の最終候補となるも、受賞を逃した際のエピソードや、第46回芥川賞での前代未聞の事件など、芥川賞にまつわる仰天エピソードが載っています。

名だたる作家が喉から手が出るほど欲した賞、それが芥川賞だったのです。


『浮世の画家』

『浮世の画家』(別ウインドウで開く)

カズオ・イシグロ/著 中央公論社 1988年2月


カズオ・イシグロの日本をテーマにした作品には、他にも『遠い山なみの光』などがありますが、読みやすさなどから私はこれをお薦めします。

ページをめくると、まるで小津安二郎の映画のような、ゆったりとした品のある世界が広がります。物語の主人公は引退した日本人画家です。彼は戦中に愛国主義を礼讃する作品を書いてもてはやされていました。しかし、戦後人々の価値観が一変し、過去の栄光がかえって彼に暗い影を落とし、娘の縁談にも影響する始末。そうして過去を振り返り、新しい時代での生き方を模索する物語です。

作品によって取り上げる主題や作風が異なるイメージのイシグロですが、そこに共通して存在するテーマは「記憶」です。記憶に頼り我々が思い描いている幻想と現実とのズレを個人レベルでも社会レベルでも気づかせてくれる作家がイシグロなのです。

そして、どの作品のラストも絶望の深淵の中に照らす僅かな光を感じさせますので、読者は満ち足りた気持ちで本を閉じることができます。


よむとす

「よむとす」とは“読む“と“~せむとす”(ムトス)を合わせた造語です。

飯田市におけるムトスの精神を生かし、読むことにかかわる活動の推進と支援を目的とした読書活動推進の合言葉です。