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よむとす No.180 「Or hug me?」

[2018年7月15日]

ID:569

「Or hug me?」

中央図書館 北原 朋弥


ある者は、暗黒世界に。ある者は、深いかなしみと喪失を。ある者は、純粋な憧れから。彼らは自然と真正面から向き合って、人生を駆けます。

ありとあらゆるものは、きっと何かを抱いています。そしてきっと、抱かれてもいるのです。

『極夜行』

『極夜行』(別ウインドウで開く)

角幡 唯介/著 文藝春秋 2018年2月

「極夜の世界に行けば、真の闇を経験し、本物の太陽を見られるのではないか」

探検家の著者は、地球最北のイヌイット村シオラパルクから北極海を目指して、極夜を四ヵ月かけて探検します。極夜とは、南極圏や北極圏でおこる一日中太陽の昇らない状態が三ヵ月も四ヵ月も続く現象のこと。

シオラパルクを含めたグリーンランド北西部に住むイヌイットが外の世界の人間と初めて接触したのは、今からちょうど二百年前。そのとき、彼らイヌイットは、英国海軍の探検隊の船を指さしてこう訊きます、「お前は太陽から来たのか。月から来たのか――」。

この言葉をきっかけに、著者は極夜の旅を決意します。百五十キロもの荷物を積んだ二台の橇(そり)と、一頭の犬。太陽を目指して出発した旅はしかし、猛烈なブリザードに行く手を阻まれ、地元民が白熊狩りに使う無人小屋に設置したデポ(事前に配置する食糧や燃料)が白熊に襲撃されるなど、不運に不運が重なります。けれども、天体だけがたよりの闇夜の中、月や星座たちを擬人化して妄想に耽りながらの移動や、相棒の犬との関係(用を足したお尻をテクニカルな舌遣いで舐められる…)などユーモア溢れる場面も。

私たちが普段意識しなくても、あたりまえに昇ってくる太陽。現代社会では、喪われた太陽のありがたみ。極限の暗黒世界を通じて、闇とは、光とは何なのかを深く突き付けられます。


『天翔る』

『天翔る』(別ウインドウで開く)

村山 由佳/著 講談社 2013年3月

馬と人が一心同体になって野山を駆ける乗馬耐久競技〈エンデュランス〉。このエンデュランスを描いた数少ない作品です。

学校に行けなくなってしまった少女まりもは、看護師の貴子に連れられて乗馬牧場〈シルバー・ランチ〉を訪れます。風変わりな牧場主・志渡のもとで、まりもは馬を習い馬に関わり、やがてエンデュランスに出合います。

地図や矢印などを手がかりに、野山にめぐらされたルートを馬でたどり、ゴールまでのタイムを競うエンデュランス。そのいちばんの特色は、レースの途中で何度にもわたって獣医によって行われる馬体の健康チェックです。乗る人間がどんなに元気でも、馬に異常があれば失権、馬を変えることも許されない。最後まで一人と一頭で臨むその競技に、まりも、貴子、志渡の三人は挑戦します。そして、エンデュランスの最高栄誉であり、世界でもっとも困難な「テヴィス・カップ・ライド」にも。

実際に馬に乗り、エンデュランスにも出場した著者による、まりも達の心情や馬とのやりとり、出場者との駆け引きには迫力があります。まりも、貴子、志渡――三者三様、喪失を抱く彼らとうつくしい馬たちが、胸に迫ります。


『ウーマンアローン』

『ウーマンアローン』(別ウインドウで開く)

廣川 まさき/著 集英社 2004年11月

カナダ、アラスカを流れる大河ユーコンを、カヌーで行く――。

新田次郎著『アラスカ物語』を読んで安田恭輔(フランク安田)に憧れた著者は、女ひとりユーコンにカヌーを浮かべ、1500キロの旅に出ます。カナダ、アラスカと言えば、特に凶暴だと言われるグリズリーベアの生息地。アラスカで暮らす人間にとって銃が生活の一部なのに対し、彼女が持ち込んだのは、小さなギターひとつ。彼らに人間がいることを前もって伝えるために、著者はテントの中でギターを弾きます。

たったひとりで漕ぎ出した旅ですが、彼女はたくさんの出合いを経験します。赤い目の水鳥ルーン、ゴムボートでユーコン下りをする勇ましい5人のおばちゃんたち、交易場のキャビンの管理人ビクターと犬橇(いぬぞり)の使い手セバスチャン、のんびりもののムース、迷路のようなユーコンフラッツ……。決して奇を衒わないまっすぐな文章が、まるでユーコン川の流れのように染み入ります。

「大自然に抱かれる人間になりたい」

そう思った彼女は、ユーコンの自然に幾度となく語りかけます――「Are you gonna kill me? Or hug me?(あなたは、私を殺してしまいますか? それとも、私を抱いてくださいますか?)」


よむとす

「よむとす」とは“読む“と“~せむとす”(ムトス)を合わせた造語です。

飯田市におけるムトスの精神を生かし、読むことにかかわる活動の推進と支援を目的とした読書活動推進の合言葉です。