中央図書館 瀧本明子
20年以上前の事ですが、飯田の昔話の語り手、矢澤姈さんのお供をして、遠野で開催された全国昔話大会に参加させていただいたことがありました。そこで幸運なことに、遠野の語り手、鈴木サツさんの「おしらさま」の語りを、リハーサルと夕方の語りの場、本番と、3回繰り返して聞くことができました。
「おしらさま」のお話は養蚕のはじまりの話で、ある農家の“美すーう”娘が、飼っている馬と心を通じてしまい、父親が怒って馬の皮を剥いでしまった。すると娘はその馬の皮にくるまれて天に昇ってしまった。その娘が両親の夢枕に立って、臼の中の虫を桑の葉で飼い、繭から糸を取ることを教えた、という印象深いお話です。
1回目は、東北弁の音の心地よさを感じるのみで、お話の内容はさっぱりわかりませんでした。2回目を聞いても肝心な部分がよくわかりません。「馬のかしゃこ」のような虫と言っているらしいのですが、「かしゃこ」がわからない。3回目、大会本番でやっとわかりました!馬の頭のことだと。確かに、お蚕様の頭は膨らんでいて、馬の頭のような感じです。
3回目に聞いた時には、お話が絵となって目に見え、情景が広がりました。
サツさんは、床屋のお父さんから語りを聞いて多くの昔話を覚えたそうですが、3回聞いた「おしらさま」は、3回ともまったく同じで、無駄な言葉がありませんでした。この本には、サツさんが語った121ものお話が掲載されています。CD3枚付きですのでまず耳から聞いてみてください。私は滞在した3日間ですっかり遠野の言葉の虜となりました。
かつて飯田にも、三味線を弾いたり唄を歌って聞かせてくれる“瞽女さ”たちがいました。この本は、飯田の瞽女さんであった伊藤ふさえさんが語ったお話を中心に再話されたものです。
昔話の始まりと終わりは地域ごとに違います。遠野は「むかす、あったずもな、」で始まり「どんとはれ」でおしまいですが、こちらは「むかし、あったってなん」ではじまり、「まずは、これっきり」でおしまいです。
最初の「ちぐはぐ問答」は「むかし、あったってなん。山の中の小さな一軒家に、おばあまがたったひとりでくらしておいでたってなん。」で始まります。そこへ頭が長いのなんのって、福禄仁の頭みたいに途方もねえ長い頭の男がやってきて、泊めてもらうことになったけれども、あんまり頭が長いので家の外まで頭を出して寝ていたら、知り合いがやってきて、それを冬瓜だと思い込んで…言葉から絵がありありと想像できる可笑しいお話です。笑い話が多いのは瞽女さんの語りだからでしょうか。
飯田ならではのやわらかな方言、ぜひとも声に出して読んでほしいと思います。
昭和9年に、口から口へ伝えられてきた飯田・伊那の昔ばなしを、方言もそのままに採集・収録して発刊したという『伊那の昔ばなし』(別ウインドウで開く)(伊那民俗研究会編・郷土出版社復刊)も、筋がはっきりとわかりやすく実に面白い。飯田らしい方言もあり、よくぞ復刊してくれました、という本です。
1日1話、昔ばなしを家族で楽しんでみてはいかがでしょうか。
「よむとす」とは“読む“と“~せむとす”(ムトス)を合わせた造語です。
飯田市におけるムトスの精神を生かし、読むことにかかわる活動の推進と支援を目的とした読書活動推進の合言葉です。