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よむとす No.241 おいしく食べるよろこび

[2021年2月1日]

ID:812

おいしく食べるよろこび

中央図書館 小沢 朋弥

 

 私は、おいしく食べることに人一倍貪欲な家庭で育ったと思います。春になれば山菜や筍の面倒なあく抜きから取り掛かり、冬は軒先で豚のかたまり肉を吊るして干し肉作り(干す場所によっては飼い犬に横取りされることも)。山でかごいっぱいの野苺を摘んだこともあります。

 自営業の父と専業主婦の母。学校から帰ると両親が揃って家にいて、休日も外食はめったにせず、必ず三食、家族でとっていたという背景が大きいかもしれません。

 毎日台所に立つようになった今、おいしく食べることに貪欲なのは、娘の私にも受け継がれている気がします。そんな「食べる」を再考するきっかけとなる本を紹介します。


『しあわせの牛乳』

『しあわせの牛乳』(別ウインドウで開く)

佐藤 慧/著 安田 奈津紀/写真 ポプラ社 2018年3月


舞台は岩手県岩泉町の「なかほら牧場」。ここは、日本でもちょっと珍しい牧場です。牛たちは、24時間365日山で放し飼い。広い山の中で自由に自然の草を食べ、好きな場所で眠ります。マイナス20度にもなる冬の寒さにもびくともせず、春には子牛が生まれます。もちろん繁殖も牛たちの自由。朝夕の決まった時間になると、母牛は張ったお乳を搾ってもらいに自ら山を下りて麓の牛舎へ。のんびりしあわせに暮らす牛たちと、その牧場主・中洞さんがこの「山地牧場」に辿りつくまでの挑戦の物語です。

この本を手に取ったのは、去年の暮れに「次の干支・牛の本を紹介してください!」という依頼があったからでした。我が家は牛乳の消費量が激しく、牛乳好きの夫がせっせと消費していて、これは夫も興味を持つかも、と借りて帰りました。読み進めるうちに、安価な牛乳を手に入れるために、不自由な暮らしや与えられる餌、そして寿命まで、牛たちにどれだけの苦しみと負担を強いているのかを痛感しました。

なかほら牧場の牛乳は、通販で購入できます。我が家もしあわせな牛たちから牛乳を分けてもらいました。届いた牛乳のその味ったら……! 一見ならぬ、一飲の価値がありました。


『山と獣と肉と皮』

『山と獣と肉と皮』(別ウインドウで開く)

繁延 あづさ/著 亜紀書房 2020年10月


私は変わった肉が好きで、旅先のペルーではアルパカのレアステーキを、タイではそこら辺の虫(トンボとかイナゴとか)の甘辛揚げを食べたことがあります。ジビエ料理も大好きで、挙句母には「猟師にでもなって、自分で肉を獲ったらどう?」とまで言われる始末。だからずっと、ジビエとか狩猟の本にはどことなく興味がありました。

著者は写真家。東京から長崎へ家族で移り住んだのをきっかけに猟師の「おじさん」と偶然出会い、猟に同行するようになります。登場する多くは猪ですが、一頭として同じ死はありません。とどめを刺す瞬間は息苦しく思いながら、解体が始まり、見慣れた肉が見えると〝おいしそう〟と喜びに似た感情が沸き上がる……。「絶対、おいしく食べてやる」という言葉が何度もくり返され、三児の母親でもある著者は、料理した野生肉を家族とともに食べます。

ふだんの生活で、生きていた「獣」と、いつも食べている「肉」とが繋がる瞬間、ましてや「殺す」という行為に繋がる瞬間は、残念ながら少ない。スーパーの肉売り場の商品や、焼き肉店で注文するロースやカルビが、以前は鶏や牛や豚だと想像できても、ほんとうに「わかって」いるかと問われると、私は自信がありません。けれど、タイでの昆虫の素揚げや、大阪で食べたワニの腕が、指先はウロコそのまま、途中から唐揚げになっているのは、強烈な印象を残しています。数少ない、「肉」と「獣」の接続の瞬間だったのかもしれません。

文章の間にはどきっとする写真が差し込まれていて、目が離せないものも。子どもたちが発する無垢なことば(「お肉はなにでできてるの?」、「ねえママ、どこまでがぼくなの?」)はハッと胸を打ちます。


よむとす

「よむとす」とは“読む“と“~せむとす”(ムトス)を合わせた造語です。

飯田市におけるムトスの精神を生かし、読むことにかかわる活動の推進と支援を目的とした読書活動推進の合言葉です。