ページの先頭です
メニューの終端です。

よむとす No.203  おふたりのお仕事

[2019年7月1日]

ID:679

ソーシャルサイトへのリンクは別ウィンドウで開きます

おふたりのお仕事

中央図書館 瀧本明子

 

えっ、この方が飯田出身!?と驚いたことはありませんか。

図書館でも、飯田出身の方々とその業績などを知っていただけるよう、少しずつでも紹介していきたいと思います。情報もぜひお寄せください。


『 捃拾帖 -東京大学の学術遺産- 』

『 捃拾帖 -東京大学の学術遺産- 』(別ウインドウで開く)

モリナガ・ヨウ/著  KADOKAWA 2014年6月



この本は、わが郷土の偉大なる先人、「博物館の父」とも呼ばれている田中芳男の、幕末から大正にかけて集めたパンフレットや商品ラベルなどの膨大な量のスクラップブック『捃拾帖(くんしゅうじょう)』の解説本です。

田中は、本草学者がフィールドワークの記録として「貼り交ぜ帖」を作っていることを知り、どこに出かけても、その地域で集めたものを貼り続けました。60年にわたり、その数なんと99冊。まさに、好奇心の塊、田中芳男らしい資料といえるでしょう。

魔よけの札からしゃれた絵柄の洋服の仕立て屋の引札、唐辛子や鶏卵、缶詰のラベル、牛乳代の受取証、選挙の投票心得、ワッペンやせんべいの拓本、ガスライフの広告、等々実に多種多様です。著者は、「開くと過去の時間が噴き出してくる感じ」といっています。

著者のモリナガ・ヨウ氏はイラスト付きルポを得意とする画文家で、図解絵本も書いていますが、そのイラストはどことなくユーモアがあり、味があります。物事を面白がるという点で、田中芳男と共通するものを感じます。この本も、『捃拾帖』を学術的に研究したというものではなく、モリナガ氏がおもしろいと思ったものを、その時代を読み解きつつ、選んで紹介しています。モリナガ氏は、令和元年8月31日、子どもの本研究会の講演会で飯田にやってきます。

 

『捃拾帖』の実物は東大総合図書館地下の耐火書庫に収められていますが、ありがたいことに99冊すべてが、東京大学附属図書館の「田中芳男・博物学コレクション」(別ウインドウで開く)公開サイト  で公開されています。膨大な量で圧倒されますが、ぜひこちらものぞいてみてください。

また、飯田市立中央図書館2階郷土資料室には、私たち職員が密かに“飯田の「捃拾帖」”と名づけている、郷土史家村沢武夫氏の「村沢文庫」(別ウインドウで開く)があります。本には収められていない貴重な郷土資料が発見されたことも少なくない、当館の貴重なお宝です。


『美智子さまのお帽子』

『美智子さまのお帽子』(別ウインドウで開く)

週刊朝日編集部・朝日新聞出版/編 石田 欧子/監修 

朝日新聞出版  2019年4月


実をいうと私はこの本を見るまで、美智子様のお帽子をじっくり拝見したことがありませんでした。先日郷土資料として受け入れされていたこの本をパラパラとめくっていると、藤、紫陽花、秋明菊、蓮、ヤマモモ、薔薇、数々の帽子の美しいこと!外国訪問や、地方訪問の際は、その地に合わせた帽子を身につけられたなど、帽子に込められたメッセージや製作秘話も紹介されています。ミッチーブームの時代からの帽子の変遷も、当時を知る方には懐かしくご覧いただけるのではないでしょうか。

美智子様のお帽子を数多く手がけた平田暁夫さんは、飯田市伊賀良出身です。昭和14年、14歳で東京へ出て、飯田出身で銀座の帽子店を営んでいた岡田全弘さんの下で修行を積みます。昭和37年に渡仏、パリで約3年修行後帰国し、東京で店を構えました。後進に技術を伝えようと教室も開き、約3,000人の教え子がいるといいます。

飯田にいたときには帽子というものをほとんど見たことがなかったという平田さんが、どのようにして世界でも認められる一流の帽子デザイナーになったのかは『サライ』2008年3月20日号(別ウインドウで開く)や、南信州新聞2012年元旦号で詳しく紹介されていますのでこちらをぜひご覧ください。

平成26年3月に89歳でなくなりましたが、平田さんは病院のベッドでも指示を出したそうで、妻の恭子さんは「平田がほんの少し手を加えると、帽子は表情を変えて、輝きだすのです」と言っています。


よむとす

「よむとす」とは“読む“と“~せむとす”(ムトス)を合わせた造語です。

飯田市におけるムトスの精神を生かし、読むことにかかわる活動の推進と支援を目的とした読書活動推進の合言葉です。


よむとす No.203  おふたりのお仕事への別ルート