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よむとす No.172 『同時代』を読む

[2018年3月15日]

ID:515

『同時代』を読む

中央図書館 樋本 有希 

 オリンピック・パラリンピックで盛り上がった冬です。スピードスケート500メートルの小平奈緒選手の金メダル。そして銀メダルの李相花選手とのエピソードは注目を集めました。2人は同じ世代。同じ時代に闘わなければならないことを意識しすぎたこともあったようですが、集大成ともいえる大会で美しい姿を見せてくれました。
オリンピックのメイン会場で会った平昌郡大関嶺面(村)は周囲を山に囲まれ、大きな羊の牧場と牧場に立つ発電用の風車で有名な場所です。この牧場も、同時代を生きた日韓の企業人にまつわるエピソードを持っています。


『インスタントラーメンが海を渡った日  日韓・麺に賭けた男たちの挑戦』

大関嶺牧場を開いたのは韓国の三養食品の創業者、全仲潤。朝鮮戦争で荒れ果てた国で、それまで手掛けていた保険の仕事に絶望した時、視察先で出会ったインスタントラーメンに未来を見出します。韓国で初めてのインスタントラーメンを作ろうと、技術を学ぶために、日本を訪れますが、実はその当時、日本もチキンラーメンから始まるインスタントラーメンの特許戦争中で大混乱。試行錯誤しながらオリジナル商品を生み出そうとしていたのは明星食品の奥井。その二つの食品会社と二人の経営者が国交正常化より前に出会い、韓国で今でも人気のある「三養ラーメン」が生み出されるまでの出会いのストーリーがこの本です。軍事政権、学生運動といった韓国の現代史にも触れながら、「同時代に生きる奇跡」を知らせてくれます。ラーメンの成功により、創業者は「故郷に牧場を作りたい」という思えを叶え、その牧場は地域の経済を支え、そして今回のオリンピック開催へとつながります。明星食品の社史『めんづくり味づくり』(別ウインドウで開く)(明星食品)も併せて読むといっそう面白そうです。


『親愛なるミスタ崔 隣の国の友への手紙』

『親愛なるミスタ崔 隣の国の友への手紙』(別ウインドウで開く)

佐野洋子/著  崔禎鎬 /著   吉川凪/訳  クオン  2017年3月

「私は結婚に失敗しました」。旧知の異性から突然そんな手紙をもらったら、そしてその手紙に「あなたこそ…」と書いてあったら、どうしますか?
この本は「三養ラーメン」が生み出されたころ、空のかなたのドイツで出会ったある男女の書簡集。女は絵本作家、『100万回生きたねこ』で大人気となる佐野洋子。男は韓国の新聞記者、現在では言論界の大重鎮となった崔禎鎬でした。2人は時には頻繁に、時にはご無沙汰気味に手紙をかわします。日韓の重い現実も垣間見えますが、男は女に「もっと手紙を書いてください」とせがみ、女は死んだ兄を男に重ね、心のうちを明かしていきます。しかしこの二人はすれ違いばかりで、実際に会うことは何のいたずらなのか、なかなか難しいのです。それでも“男女の仲”ではない二人の関係は韓国の民主化の時期を経て少し活動的になり、男は相変わらず女の文章を崇め、女の再婚で谷川俊太郎も仲間入りし、女はエッセイストとしても知られるようになります。読者たちは女のエッセイ集に時折出てきた「ミスター」の正体をこの書簡集でやっと知ることができたとか。
冒頭の言葉は、女が最初の夫と離婚したときに書いた手紙の言葉。『100万回生きたねこ』を出した後のこと、と思うとなんだかもやもやもします。『100万回』だけではわからない佐野洋子にこの本で出会えます。


『ハングルへの旅 朝日文庫』

『ハングルへの旅 朝日文庫』(別ウインドウで開く)

茨木のり子/著  朝日新聞社  1989年3月

明星食品の奥井社長は50代で亡くなり、佐野洋子と「ミスター崔」の関係は佐野洋子が先に旅立つことによって終わります。「同時代」に生きる、といっても、最後はどちらかが見送ることになるのです。しかし一度も会ったことがなくとも関わりを持つことになる二人もいるようです。詩人の茨木のり子が朝鮮詩に出会い、ハングルを学ぶ過程をエッセイとして発表した『ハングルへの旅』。このエッセイの最後の章で取り上げられる「尹東柱」は朝鮮の詩人ですが、東柱が日本で暮らし、詩作していたことを同時代同じ場にいた誰もが記憶していないことを茨木は強く嘆いています。尹東柱を茨木が知ったのは彼が亡くなってずっと後のこと。二人はほぼ同世代で、太平洋戦争末期という同時代をそれぞれ別な場所で過ごしています。茨木はその時代を書いた『わたしが一番きれいだったとき』などの詩で知られるようになります。もし東柱が戦後まで生き延びて、茨木と遭遇していたら、二人はどんな詩を書いたのでしょうか…。高校の教科書にも取り上げられた一冊です。


よむとす

「よむとす」とは“読む“と“~せむとす”(ムトス)を合わせた造語です。

飯田市におけるムトスの精神を生かし、読むことにかかわる活動の推進と支援を目的とした読書活動推進の合言葉です。