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よむとす No.103 幕末女志士 多勢子 2015年04月15日

[2017年6月8日]

ID:186

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幕末女志士 多勢子

中央図書館 伊藤 しのぶ

今年で「図書館まつり」は第15回目となり、大きな節目を迎えることとなりました。
毎年恒例となります講演会は、「藤本ひとみ講演会 女志士 松尾多勢子と幕末」と題しまして、6月7日(日曜日)に飯田市公民館にて開催いたします。
飯田出身の作家:藤本ひとみ氏による、郷土ゆかりの人物:松尾多勢子についての講演は大変興味深く、今から楽しみです。
そこで今回、講演の中心となる藤本氏の著作『火桜が根 幕末女志士 多勢子』をご紹介します。

『火桜が根 幕末女志士 多勢子』

物語の舞台は、幕末から維新への激動の時代。東西を赤石山脈と木曽山脈に挟まれた信州南部の伊那谷で、52歳の多勢子は、長男の嫁に家事を任せ女隠居となっていた。その頃、村の多くの女隠居たちは余生を気楽な茶飲み話に費やして満足していたが、多勢子は男ばかりの歌会に参加し、周囲の女衆にあまり良く思われていなかった。しかし、多勢子は歌会通いをやめようとはしなかった。なぜなら、村の中で唯一学問の雰囲気を漂わせ、思ったことを自由に表現することができる場所だったからだ。そして、その歌会で多勢子は古道学平田派と出会う。古道学を研究し、朝廷と幕府のあり方を論議するうちに、古来より正しき主権者とされる帝の窮状を知り、天下を預かっているだけの幕府から政を帝の手に戻すべきだという強い思いに駆られ、自分がそれをやろうと京に上ることを決意する。
52歳という、当時で言えばもう老女である多勢子の上洛には反対するものも多かったが、最終的には多勢子の熱意に負けることとなる。そして、さまざまな準備や根回しを多勢子は怠らなかった。その結果、無事に上洛を果たす。
京では、平田派の門人たちの歌会に参加し、「田舎出の歌詠み媼(おうな)」として広く知られるようになる。それは、多勢子が内聞や見聞を集め勤皇活動をするための策略だった。田舎者で高齢の女であるがゆえ、珍しがられ、おもしろがられ、馬鹿にされることはあっても危険視されることのない特別な立場により、禁裏での情報を手に入れ、やがて帝の耳にもその名前が知られるようになる…
この多勢子の活動の続きは、ぜひご自身でお読みください。
著者の女性ならではの多勢子の細やかな心理描写はもちろんのこと、下伊那の歴史でよく目にする北原因信・稲雄親子や幕末に活躍した岩倉具視、高杉晋作、現在放送中の大河ドラマの主人公:文の夫・久坂玄瑞など、そうそうたる人々が登場し、エンターテイメント性の高い歴史小説として楽しめます。
読んだ後、いつまでも老いを知らない多勢子から、たくさんの元気をもらえること請け合いです!!
そして、ぜひ講演会にもお越しください。

よむとす

「よむとす」とは“読む“と“~せむとす”(ムトス)を合わせた造語です。

飯田市におけるムトスの精神を生かし、読むことにかかわる活動の推進と支援を目的とした読書活動推進の合言葉です。