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よむとす No.64 私たちには「読書」がある 2013年09月01日

[2017年6月8日]

ID:130

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私たちには「読書」がある

上郷図書館 牧内睦子

暑い夏が終われば「読書の秋」の到来です。私たち人間だけに与えられた「読書」という特権。使わない手はありません。一冊の本さえあれば、自分独りで、いつでも、どこでも幸せな時間が過ごせます。しかも図書館をご利用いただければ無料です。これほど手軽な楽しみが他にあるでしょうか。
ぜひ図書館の書棚の前に立って、たくさんの本の中から光る一冊を見つけてください。見つけられない人は、ひとまずお奨め本や書評などを読んでみましょう。

『私たちには物語がある』

「私たちには物語という至高の楽しみがある。」と単純に解釈して読み進めていくと、実は「私たち(角田光代さんとそれぞれの作品または作者)には、私たちだけの特別な物語がある。」という、メッセージが込められたタイトルなのだと気づきます。
本との出会いと、それを楽しむ至福の時間は、まさに恋人とのデートと同じだという角田さん。「交際履歴」と題した序章には、幼少期から現在に至るまでの本への熱い想いがいっぱい詰まっています。
さまざまなジャンルの130冊以上を取り上げた「読書の部屋」は圧巻です。主に2003~2009年に新聞や雑誌に掲載された感想文(角田さんいわく「評論家ではない私に評なんかできない。」)で構成されているため、なじみのある作品が登場します。自分の読み方と比較ができ、読んでみたいと思う作品にもきっと出会えるはずです。
「本のある世界に生まれてきて本当によかった。」そして「これからも、ともに本のある世界で愉快に暮らしていきましょう。」という角田さんのメッセージに共感しながら、楽しいひとときを過ごしてみませんか。

『悼む力 逝ったあの人へ、生きる自分へ』

「人は死に向かって生きている。親しい人の死に遭遇したとき、いつまでも思い出し、その存在を感じ続けること。それが逝ってしまった人を生かす唯一の方法である。」と阿刀田さんは言います。この考え方こそ小説誕生の原点ではないかと。
山梨県立図書館長を務める阿刀田高さんが、先に逝った同業者(作家)たちとの思い出を、自分と読者の心に生き続けることを願いながら綴った追悼文や、読書にまつわるエッセイなどをまとめた一冊です。思わぬ作家の意外な一面や、文学界の裏側などを垣間見ることもできます。
「いつでも、どこでも、自由気ままに楽しめる読書という喜びを持っているかどうか、それだけで一生の損得にはずいぶんと差があるような気がするけれど、ちがうだろうか。」と阿刀田さん。人は言葉によって知識を体得し、言葉によって思考を深める。そして読書はものの本質をとらえる力や生きる喜びを育む。私たち人間だけに与えられた「読書」という特権を使わない手はないと思うのです。

『ランドセル俳人の五・七・五』

生まれしを幸かと聞かれ春の宵 小林 凜

不登校の少年、小林凜くん11歳。彼にとっての俳句とは生きる希望です。
体重944gの超低体重児として生まれた凜くん。ランドセルを背負えた奇跡に感謝した日、新たな苦難が始まりました。ある程度は覚悟していたといういじめは想像を遥かに超え、命の危険さえ感じるほどだったといいます。そんな凜くんとご家族を支えたのが『俳句』でした。
お母さんの史さんは凜君が生後十か月の時に離婚、その頃からずっと絵本を読みきかせてきました。幼稚園の頃に一茶の俳句と出会い、いつからか指を折らずとも五・七・五で表現するようになっていたそうです。「読書」によって心に蓄えられた言葉や感性が、琴線に触れて溢れ出したのでしょうか。今では朝日俳壇で大人に交じって入選を重ねています。
冒頭の一句、「生まれてきて幸せ?」と問わずにいられなかった家族の心情を察し、自らの想いを重ねて詠んだ一句。涙がこぼれました。

よむとす

「よむとす」とは“読む“と“~せむとす”(ムトス)を合わせた造語です。

飯田市におけるムトスの精神を生かし、読むことにかかわる活動の推進と支援を目的とした読書活動推進の合言葉です。