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伊藤大八目録

[2017年6月26日]

ID:336

伊 藤 大 八   関 係 文 書 目 録

〜 伊藤 大八 プロフィール 〜

伊藤大八は、安政5年(1858年)、長野県に生まれ、明治9年から13年まで中江兆民の仏学塾に学んだあと、同塾教員として「政理叢談」「仏和辞林」の刊行にも携わったが、明治20年からは、陸軍幼年学校訳官となり、陸地測量部にもつとめた。明治23年、帝国議会開設とともに衆議員議員に連続3回当選、立憲自由党に属した。
 日清戦争後は、自由党 、憲政党さらに政友会のそれぞれ幹事となり、さらに明治43年には政友会幹事長、院内総務となった。第11,12回総選挙にも当選。
 議員としては、一貫して鉄道普及に対する関心が強く、明治25年には鉄道会議議員、31年には憲政党内閣の下で逓信省鉄道局長をつとめたほか、自ら毛武鉄道会社(明治28年)、江ノ島観光鉄道(明治32年)を創立、また大正2年には満鉄副総裁にも任ぜられた。
 昭和2年9月没。

伊藤大八関係文書とは

飯田市(上殿岡)出身の元満洲鉄道副総裁・伊藤大八に宛てた、明治の思想家中江兆民(1847-1901)の直筆書簡90通を含む日記・書籍等関係資料で愛用遺品も含む。
 伊藤大八の長男 伊藤酉夫氏の妻和賀子さん(横浜市)が、中江兆民全集を刊行した岩波書店へ中江兆民の手紙を提供し、その90通すべて同全集に納まったため、昭和61年(1986)6月18日、和賀子さんが伊藤大八の故郷飯田市へ”飯田市のために役立てて”と寄贈される。
 東京大学法学部 近代日本法政史料センターにて、マイクロフィルム撮影され、 昭和62年11月第1部・第2部の目録が完成する。
 第三部は目録作成後に追加で寄贈されたもので、これを含め平成24年3月再整理をし、形を整え広く公開する。